日本の企業の86.4%が、すでに何らかの業務で生成AIを使っています。にもかかわらず、約3割は「組織的な取組はない」と答えています。使ってはいるが、会社としては動いていない。

この差を分けているのは、ツールでも予算でもありません。社内に「どこまでをAIに任せるか」を決められる人がいるかどうかです。本記事では、その役割をAXマネージャー(AI推進者)と定義し、社内で育てるための5段階と具体的な手順を整理します。

この記事でわかること
・AXマネージャー(AI推進者)とは何をする人か、その定義
・日本だけ「組織的な取組がない」割合が高い理由
・AXマネージャーの5段階(Lv.1〜Lv.5)と、各段階で見える行動
・採用・外注ではなく、社内で育てるときの順番

使ってはいる。しかし「組織的な取組はない」が約3割

総務省が2026年7月に公表した令和8年版 情報通信白書によると、自社の何らかの業務で生成AIを利用していると回答した企業の割合は、日本で86.4%でした。前年の調査から大幅に上昇し、米国・ドイツ・中国との差も縮まっています。

ところが、その先の数字が問題です。生成AI活用による業務変革について組織的な取組の状況を尋ねたところ、組織的に取り組んでいると答えた割合は65.6%。一方で「組織的な取組はない」と答えた割合が27.0%と約3割にのぼり、白書は「米国・ドイツ・中国に比べて顕著に高い結果となった」としています。

そして、ここが重要です。白書は続けてこう記しています。企業規模別に見ると、この「組織的な取組はない」という回答の割合は中小企業で特に高くなっている傾向が見られた、と。

出典:総務省「令和8年版 情報通信白書」図表Ⅰ-2-1-3図表Ⅰ-2-1-6(原典:総務省(2026)「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究」)

数字は、現場で聞く話と重なります。「全社でAIを使えるようにはした。でも、次に何をすればいいか分からない」。ここで止まっている会社が、いちばん多い。

日本に足りないのは「推進する責任者」だと、白書自身が書いている

では、他の国とは何が違うのか。同じ白書のなかに、答えに近い記述があります。

生成AI活用の戦略や方針について尋ねた設問で、日本の回答で最も多かったのは「経営戦略のなかでAI活用の目的や方針が明示されている」でした。つまり、方針は掲げられている

一方で白書は、他の3か国について「取組を推進する部署や責任者が明確になっている」との回答も目立ったと記しています。

白書が記していること
日本で最も多い回答経営戦略のなかでAI活用の目的や方針が明示されている(次いで、経営幹部が意義を社内外に発信している)
他の3か国で目立つ回答経営幹部から各部署に実施事項や達成目標が提示されている/取組を推進する部署や責任者が明確になっている

出典:総務省「令和8年版 情報通信白書」図表Ⅰ-2-1-4

差は、方針の有無ではありません。方針を実行に移す人が決まっているかどうかです。掲げるところまでは同じで、そこから先で分かれている。

なお白書は、日本の中小企業については「経営幹部から各部署に対して実施事項や達成目標が提示されている」が最も高い回答割合となり、中小企業のAI活用ではトップダウンの関与がキーポイントとなっていることがうかがえるとしています。経営者が旗を振れるかどうかが、そのまま結果に出る領域だということです。

教材が足りないのではない

「学ぶ機会がないから進まない」と考えたくなりますが、白書の数字はそう言っていません。

生成AI活用に向けた環境整備について尋ねた設問で、日本で最も多かった回答は「業務プロセスの見直しや生成AI活用検討に必要なスキルやノウハウを学ぶ環境がある」でした。企業規模別に見ても同じ傾向だったといいます。

出典:総務省「令和8年版 情報通信白書」図表Ⅰ-2-1-5

ここからは、白書には書かれていない、私たちの解釈です。

学ぶ環境はある。それでも約3割が組織的に動けていない。つまり、足りないのは教材ではありません。

AIの学習教材は、もう十分すぎるほどあります。書籍も動画も無料で手に入る。それでも動き出せないのは、「どこまでできたら、この役割を任せられるのか」が決まっていないからです。ゴールが見えない道は、歩き出せません。

責任者を置けないのも、同じ構造です。任命できないのは、適任者がいないからではない。その役割に何を求めるのかが、任命する側にも書けていないのです。

つまり、人材の問題に見えて、実際は「基準の言語化」の問題です。ここを飛ばして研修を増やしても、受講記録が増えるだけで、現場では誰に何を任せられるのか分からないままになります。

AXマネージャー(AI推進者)とは

ここで、役割に名前を付けます。

AXマネージャー(AI推進者)とは

自社の業務をAIで置き換えられる単位まで分解し、どこまでをAIに任せるかの線を引き、その運用を現場に定着させる人。

AXは AI Transformation の略で、AIによる業務変革を指します。ツールを選ぶ人でも、プロンプトが上手い人でもありません。業務とAIの境界線を決められる人です。

この定義が重要なのは、必要なスキルが変わるからです。

よくある誤解実際に必要なこと
AIツールに詳しい人を置けばいい自社の業務を工程まで分解できることのほうが先
プロンプトが書ければ推進できる「この判断は人が持つ」という線を引けること
情報システム部門の仕事業務を知っている現場側に置くほうが早い
若手のほうが向いている業務の例外パターンを知っている中堅が強い

AIツールの使い方は、数週間で追いつきます。追いつかないのは、自社の業務を分解する力のほうです。だからAXマネージャーは、外から連れてくるより社内で育てたほうが早い場合があります。

AXマネージャーの5段階(Lv.1〜Lv.5)

「どこまでできたら任せられるか」を決めるために、5段階で線を引きます。大事なのは右の列です。「詳しい」「一通りできる」のような言葉は、人によって解釈が変わります。他人が見て判断できる行動まで書き下ろします。

Lv どこまで任せられるか この行動が見えたら、そのレベル
1 自分の仕事でAIを使える 自分の定型業務を1つ挙げ、AIに任せた部分と自分で確認した部分を、他人に説明できる
2 業務を工程に分解できる 1つの業務を5〜10の工程に割り、それぞれに「判断が要る/要らない」の印を付けられる
3 任せる線を引ける 「ここまではAI、この判断から先は人」という線を引き、なぜそこで切るのかを説明できる。誤った場合に誰がどう気づくかまで決められる
4 現場に定着させられる 自分以外の担当者が同じ手順で回せる状態にし、1か月後も使われているかを確認して手直しできる
5 全体を設計できる 部門をまたいで優先順位を付け、投資と効果を経営に説明できる。育成する側に回れる
この表の使い方
研修を組む前に、この5段階を自社の言葉に書き直してください。そのうえで、候補者2〜3名を当てはめます。必ず判定が割れます。割れたところが、基準の書き方が曖昧な場所です。そこを直すのが、いちばん早く精度が上がるやり方です。

AXマネージャーに必要な3つの領域

5段階を支えるのは、次の3つです。1つ目だけを研修で埋めようとして、うまくいかない会社が多くあります。

① AIを扱う力

できること・できないことの見極め、指示の出し方、出力の検証。ここは学習教材が豊富なので、いちばん早く埋まります。そして、いちばん陳腐化が速い領域でもあります。

② 業務を分解する力

自社の仕事を工程に割り、どこに判断が入っているかを見つける力。これは教材では学べません。自社の業務を知っている人にしか持てない力です。AXマネージャーを社内で育てるべき理由が、ここにあります。

③ 人を動かす力

決めた線を現場に定着させる力。新しいやり方は、最初は必ず面倒がられます。ここで押し切れずに元に戻る例を、何度も見てきました。

①は外から買えます。②と③は買えません。だから「AI人材を採用する」という発想だけでは足りないのです。

社内で育てる手順

順番があります。飛ばすと戻ってきます。

やること 押さえどころ
1到達点を文章にする上の5段階を自社の言葉で書く。研修より先にこれ。ここが決まらないと「何から学べばよいか」は永遠に決まらない
2候補者を2〜3名選ぶAIに詳しい人ではなく、業務の例外パターンを説明できる人を選ぶ。中堅が強い
3現在地を当てはめる自己評価と上司評価を突き合わせる。ズレた項目は、基準の書き方が悪い
4業務を1つだけ選ぶ全社の棚卸しをしない。1業務・1工程から始める。成功例が1つあると、次から説明が要らなくなる
5評価・面談につなぐ開く理由がないものは続かない。1on1か評価面談のどちらかに必ず紐づける

この順番は、スキルマップを作る手順とほぼ同じです。実際、AXマネージャーの育成は、スキルマネジメントの一領域として設計したほうが早く回ります。評価制度と切り離した「AI研修」だけを走らせると、受けた記録は残るのに現場は変わりません。

外注と育成の使い分け

「社内にいないなら外に頼めばよい」という考え方があります。実装や連携といった技術的な工程では、外部の専門家に任せたほうが速く、確実です。

ただし、外注と育成は、どちらかを選ぶものではありません。分けるべきは、先ほどの3領域です。

領域外に出せるか理由
① AIを扱う力(実装・連携)出せる技術は外にあるほうが速く、新しい
② 業務を分解する力出せない自社の例外パターンは、外の人には見えない
③ 人を動かす力出せない現場に残るのは社内の人。外の人は去る

②と③を持つ人が社内にいない状態で①だけを外注すると、納品されたものが使われずに終わります。先に社内のAXマネージャーを立て、その人が発注側に回る。この順番だと、外注も効きます。

よくある失敗と、その理由

起きることなぜそうなるか
全社でツールを配ったが、使う人と使わない人に分かれた「この業務ではここまで使ってよい」という線が引かれていない。判断を各自に委ねると、慎重な人ほど使わなくなる
AI研修を実施したが、現場が変わらない到達点を決めずに研修から入った。受講記録は残るが、誰に何を任せられるかは分からないまま
詳しい人が1人だけいて、その人に全部集まる属人化。基準が文章になっていないので引き継げない。その人が抜けると元に戻る
外注したが、納品後に使われなくなった発注側に②業務を分解する力がなかった。要件が曖昧なまま作られ、現場の例外に耐えられなかった

まず一枚、書いてみる

AIの話に見えて、実際は「基準を言葉にする」という、昔からある仕事です。

私たちはこれを、専門スキル・行動指針・社会人基礎力の3層でスキルマップに落とし、評価と育成に接続する形で設計しています。AXマネージャーも、その中の一領域として置けます。新しい制度を別に作る必要はありません。

最初の一歩は、全社の棚卸しではありません。一職種・一枚からです。書いてみると、自社が本当に困っている場所が見えてきます。

よくある質問(FAQ)

AXマネージャーとAI推進者は違うものですか?

指す役割は同じです。「AI推進者」は一般的な呼び方で、本記事では役割の中身を明確にするために「AXマネージャー」と呼んでいます。AXは AI Transformation の略で、ツールの導入ではなく業務の変革を担うという意味を込めています。社内での呼び方は、既存の職位に合わせて構いません。

何人規模の会社から必要ですか?

人数より、業務の種類の多さで決まります。同じ業務を複数人でやっている会社なら、規模が小さくても効果が出ます。逆に、全員が違うことをしている状態では、分解する対象が定まらないので先に業務の整理が必要です。

情報システム部門に任せるべきですか?

実装は情報システム部門が強い領域です。ただし「どこまでAIに任せるか」の線引きは、その業務をやっている部門のほうが精度が高くなります。線を引く人は現場側、つなぐ人は情報システム側、という分担が現実的です。

AIに詳しくない人でもAXマネージャーになれますか?

なれます。AIツールの使い方は数週間で追いつきますが、自社の業務を工程まで分解する力は、外から来た人には身につけにくいものです。業務の例外パターンを説明できる中堅社員のほうが、結果的に早く立ち上がる例が多くあります。

研修とスキルマップ、どちらを先にやるべきですか?

スキルマップが先です。到達点が決まっていない状態で研修を組むと、受講記録だけが残ります。「どこまでできたら任せられるか」を先に文章にしてから、そこへ向かう研修を選んでください。

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